2021年7月2日から4日まで開催した、アメリカ切手展の展示を紹介します。リーフをクリックすると作品が見られます。マウスホイールの操作で拡大できます。
アメリカ切手の170年
米国普通切手1845-1888
アメリカ合衆国として最初の切手は、1847年7月1日に発行されました。日本では徳川幕府の第12代将軍・徳川家慶(いえよし)の時代で、ペリーが日本に来航する6年前、明治元年の21年前にあたります。最初の切手は5セントのフランクリンと10セントのワシントンの2種類のみで、民間の印刷会社が製造しました。
その後、発行される種類も増え、様々な人物の肖像や題材が取り上げられるようになりますが、ワシントンとフランクリンは1965年シリーズまで常に取り上げられています。また、最初は無目打でしたが、その後目打が入り、切手のサイズも小さくなったり、大きくなったりと変化していきます。
1890年シリーズから1908年シリーズ
1894年シリーズからは、印刷局製造の切手となります。1908年シリーズは、全ての額面がワシントンとフランクリンの肖像だけで構成されたシリーズです。用紙のすかしの変化や目打の変化、印刷方式の変化など、カタログのメインナンバーだけでも200種以上になる大規模なシリーズとなっています。
1922年シリーズ
1922 年シリーズは1922 年10 月4日、11 セント切手を皮切りに新しく発行されたシリーズです。それまでの1908 年シリーズがワシントンとフランクリンの肖像だけで単調な感じが否めないのに対し、このシリーズはアメリカを代表する人物、風景を題材としています。もっとも、人物はほとんど共和党の大統領が選ばれているあたりは政治の影響を強く受けています。
このシリーズが使われた1922 年から1938 年にかけての時期は経済力の高まりとともに郵便物の量も増え、より大量の切手が必要とされました。そこで、それまでの平面印刷方式から輪転印刷方式に本格的に移行しました。そのため、目打11の平面印刷と、目打10 及び目打11×10.5の 輪転印刷に大きく分類することができます。また、コイル切手と切手帳も大量に印刷され、利用されるようになりました。
1933 年に大統領に就任したフランクリン・D・ルーズベルトは切手収集家としても知られていますが、彼の提案に基づいて1938 年に発行されたシリーズが大統領シリーズです。その当時までに亡くなっていた29 人の大統領の肖像をその就任順に割り振っており、しかも½ セントの端数のついた額面にはフランクリン(½ セント)、ワシントン夫人(1½ セント)、ホ ワイトハウス(4½ セント)をあてることで、1セント のワシントンから22 セントのクリーブランドまでは、額面の数字と就任順が一致するようになっています。
切手の製造面では、目打位置を自動的に調整するエレクトリック・アイ方式の採用や、乾式凹版印刷の導入などが行われました。
また、第二次世界大戦をはさんだ時期でもあるため、世界各地での使用例や、拡大する航空路線の活用による国際郵便のさまざまな使用例があります。
リバティシリーズ
リバティー・シリーズは、国内書状基本料金(3セント)と外国向け書状基本料金(8セント)をともに自由の女神像としたことからこの名前がついています。図案には大統領その他の米国史上の有名人と米国史上有名な建造物が取り上げられています。1961年に追加発行された4種(8cパーシング、1c ジャクソン、5c ワシントン、5c 星条旗とホワイトハウス)は枠線のデザインが少し変更されています。
このシリーズでも、大量の切手をより効率よく印刷するための技術革新が行われました。それが『湿式印刷』から『乾式印刷』への移行です。このシリーズから、用紙に余分な湿り気を与えずに印刷時の圧力を高めて印刷する『乾式印刷』が本格的に導入されました。糊付用紙に印刷する工程となり、効率も大幅に向上しました。この湿式と乾式は、未使用であれば裏糊を見ることで単片でも区別できます。使用済は少し難しいですが、紙の違いにより分類は可能です。
プロミネントアメリカンシリーズ
1965年にはプロミネントアメリカンシリーズが発行されます。このシリーズは、医師、作家、ジャーナリスト、建築家など幅広い分野の人物が取り上げられています。また、今までの普通切手のシリーズと違い統一された様式を定めず取り上げる人物に合わせたデザインが採用されました。このシリーズの期間中に3度の料金改正がありましたが、すでに発行されていた切手を増刷するのでなく、新たな図案の切手を追加発行し、同じ額面の切手が、複数発行されるようになります。
今回は、プロミネントアメリカンシリーズのシート切手、切手帳、コイル切手の全体を示すとともに、この時期の製造上の進化である蛍光印刷や裏糊の改善、そして各切手の使用例としてカバーもあわせて展示しています。
アメリカーナシリーズ
アメリカーナシリーズは、1975年から発行されたシリーズで、アメリカの理念を象徴する言葉と図案を描いた切手です。このシリーズは、着色紙を使用しています。また、このシリーズから、ドイツのゲーベル社の切手帳製造機が導入され、1977年には9セント切手と13セント切手を組み合わせた切手帳が発行されました。1978年の料金改定では、改定後の料金の決定前に額面をAと印刷した切手を準備し、料金改正前に15セント切手として発売されました。その後もB、Cと無額面の切手を準備し、料金改正に備える方法が続けられました。
1980年以降の普通切手
1980年以降のアメリカの普通切手の特徴は、同じ時期に複数のシリーズが並行して発行されていることです。ここでは、その小さなシリーズごとに整理してみました。
またこの時代は料金改定が頻繁に行われ、その都度新料金に対応した切手を大量に発行する必要が生じました。新料金が決まる前に印刷に入らないと間に合わないので、アルファベットで新料金を表す切手も誕生しました。その負担を軽減するために、”Forever”という表示を入れて、その後の料金改定に係わらず、国内や海外の書状基本料金として使える、いわゆる永久使用切手が生まれました。
航空切手
アメリカは国土が広いことから、早くから航空機による郵便物の輸送に取り組み、最初の航空切手が1918年(大正7年)に発行されています。ここでは最初の航空切手から第二次世界大戦直後のあたりまでの航空切手を、製造の特徴がわかる版番号の付いた部分で紹介します。
記念切手1997-1999
アメリカの記念切手は1893年に発行されたコロンブス博覧会記念切手が最初となりますが、今回は20世紀末の記念切手と、2019年以降の最近の記念切手を展示します。
記念切手は発行した国が世界に対して広く知らせたいテーマが取り上げられることが多いので、発行した国の文化やものの考え方、価値観などが見えてきます。
記念切手2019-2020
ご覧になる方によってさまざまな感想を持たれると思いますが、例えば人種間格差解消の啓発を目的として、大きな業績を残した黒人を取り上げる『Black Heritage』シリーズは20年前も今も発行されています。また、クリスマス切手は1962年から発行されていますが、宗教の偏りをなくすために、ユダヤ教のハヌカー祭やアフリカ系アメリカ人のクワンザ祭の切手も約20年前から発行されており、東洋の12支を描く年賀切手もこの系列にあります。
その他、人物、芸術、自然、宇宙など、切手に取り上げられた題材を見ていくことで、アメリカをより深く知るきかっけとなるのではないかと思います。
会員の1フレーム作品
1851年シリーズ3¢ワシントン
この切手が発行された1851年は、日本では江戸時代末期、ペリーが浦賀に来航する2年前にあたります。
アメリカは1847年に最初の切手を発行しましたが、1851年に郵便料金の大幅な改正(引き下げ)が行われ、郵便料金を前納すれば、3セントでほぼ国内全土に手紙を出せるようになりました。この3セント切手はこの新しい国内封書料金用に発行された切手で、大量に使われました。
大量に印刷する技術はまだ発展途上で、この切手の場合は、切手の原版を印刷用の実用版に転写した後、切手の輪郭をはっきりさせ、転写が弱かったところを修正するために1枚1枚リカットが行われました。そのためにどの実用版のどの位置にあった切手かを特定することができ、収集家の大きな楽しみとなっています。
無目打なので使用するためにはハサミで切り離す必要があります。切手と切手の間のマージンが狭いため、印面に切り込んでいない切手を選ぶのに苦労させられます。(小林伸佳)
米国19世紀の外国郵便
この作品では、19世紀の米国で取り扱われた外国郵便のカバーを対象とし、主に英国、フランス、ドイツ宛てのカバーを中心に構成しました。
19世紀の初期まで米国とヨーロッパなど外国との間の郵便は、帆船によって運ばれた不規則で不確実なものでした。1840年には、蒸気船により、2週間に一度郵便物を輸送するという英国政府支援のサービスも開始され、大西洋航路をはじめ、太平洋航路など米国と外国との郵便事業も急速に発達していきました。また、郵便サービスの国際協定である一般郵便連合(GPU後のUPU)が外国への郵便手続きを1875年7月以降簡素化するまでは、郵便を交換するすべての国が互いに二国間で郵便条約を結ぶとともに、条約がない場合、郵便は中間国を経由して転送していました。米国の場合も、外国との郵便は、郵便物の取り扱いを規定する二国間条約の条件、ルート、最終目的地などによって非常に複雑な制度運用となっていました。(槇原晃二)
米国平版印刷1セント
米国は切手発行以来、伝統的に凹版での郵便切手の製造が不文律とされてきました。これは切手が有価証券であるため、偽造防止を目的にしたものでした。
米国が第一次世界大戦に参戦し、戦費調達のため、国内郵便物に戦時税を課したため、低額切手が不足して出現したのが、この切手です。
戦時下の物資不足のため、オフセット印刷による暫定措置だったため、製版や印刷時のバラエティや中間無目打など製造面のバラエティが豊富で、使用面も欧州遠征軍による軍事郵便や在中国局使用例、国内郵便料金変更など、伝統郵趣の要素を充分楽しめる切手です。
アメリカ部会発足当時の会報に、魚木先生が連載された〈普通切手研究〉オフセット切手の解説で魅了されて40年近くなりますが、この展示で一人でも多くの方に、オフセット切手に興味を持っていただければ幸いです。(奥山昭彦)
1922年シリーズ平面印刷切手帳
アメリカの切手帳ペーンは、シート切手を裁断して作るのではなく、切手帳ペーンを印刷するための特別構成の印刷用実用版で印刷されています。1922年シリーズの凹版平面印刷の切手帳ペーンでは、切手の印面が360面(切手6枚で構成される切手帳ペーンが60枚)の印刷用実用版が使われました。
切手帳ペーンの印刷用実用版には、縦と横に十文字にガイドラインが引かれており、切手帳ペーンに見えるガイドラインの位置などによって、印刷用実用版上の位置が12種類に分類されています。
また、切手帳は1セントペーンだけを綴じたもの、2セントペーンだけを綴じたもの、1セントペーンと2セントペーンを組み合わせたものなどがあります。
この作品では、1922年シリーズの凹版平面印刷の1セントと2セントの切手帳ペーンを対象として、切手帳の構成、切手帳ペーンの分類、切手帳ペーンの使用済、切手帳ペーンを貼ったカバーなどを展示しています。(大越紳一郎)
戦前の外国宛航空郵便
アメリカ国内では、1924 年に開設された大陸横断航空郵便路の開設以降、外国郵便をより早く輸送する手段としても利用されることになりました。欧州・アジア宛の外国郵便は差立局から国際交換局に送られ船便で相手国に送られます。外国宛の郵便物の出口となる国際交換局までを航空便で運び配達までの日時の短縮を図りました。南北アメリカ以外の地域については、太平洋、大西洋を挟むため相手国までの連続した航空路が存在していませんでした。このため、船便でヨーロッパ、アジア等に運ばれ、交換局から再び相手国まで航空扱いすることになりました。この場合の外国宛航空料金は外国宛書状料金+国内航空料金+国外航空料金の合計となります。ここでは、1947年以前の外国宛の航空郵便の例を展示します。(入江司)
アメリカから日本書状5C時代
アメリカから日本に宛てた書状料金が 5¢だったのは、1876 年から 1953 年までの実に77 年半という長い期間でした。それぞれの時代の 5¢切手を一枚貼った書状を追った作品です。(太田隆啓)
米国属領とアラスカのプリキャンセル
地方型のプリキャンセルは局型のように印刷局によるきちんとした製造記録があるわけではないので今でも収集家による新しい発見があり、カタログも常に改訂されています。
属領やアラスカ州はプリキャンセルの発行数が少ない局が多く困難な対象ですが、最新の2019年版のPSSのカタログに基づくTown & Typeアルバムに整理したものを展示します。(魚木五夫)
野生動物保護
米国郵政局は1956年から1972年にかけて連邦政府や州政府によって保護されている野生動物たちを描いた切手を発行しています。
描かれている動物たちはいずれも北米大陸の開拓によってその生息環境を奪われたり、狩猟による乱獲ににあって絶滅の危機にあった動物たちです。
20世紀初頭、野生動物たちのこのような状況を憂いた動物愛護家たちの懸命の努力が実り連邦政府では野生動物保護に関する様々な法律が整備され、一方で自然環境の保護活動を目的にした強力な民間団体が幾つも生まれました。
これらの団体は現在も健在で連邦政府の施策に大きく関わっています。
野生動物保護に限らず自然環境の保護は遠い過去の問題ではなく極めて今日的な問題であると思います。(賀川彦治)
アメリカオリンピック切手
コロナ禍で「TOKYO2020」が延期される中、アメリカで発行されたオリンピック切手を紹介します。アメリカ郵政公社では夏季・冬季大会の記念切手を発行し、オリンピックチームのオフィシャルスポンサーになった事も有りました。
しかし2008年北京大会以降オリンピック関連の切手は発行されていません。(豊田謙)